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東京高等裁判所 昭和60年(ラ)292号 決定

抗告人

甲野太郎

相手方

乙野春子

相手方

甲野夏子

事件本人

甲野秋子

主文

一  原審判中相手方乙野春子に対する金員の支払を命じた部分を次のとおり変更する。

1  抗告人は、相手方乙野春子に対し一三九万七〇〇〇円を支払え。

2  抗告人は相手方乙野春子に対し、事件本人の扶養料として昭和五九年一月から毎月末日限り各二万一〇〇〇円を支払え。

二  相手方甲野夏子に対する本件抗告を棄却する。

理由

一抗告人の抗告の趣旨及び理由は別紙抗告状記載のとおりであるが、その理由の要旨は、次のとおりである。

1  原審の手続において丙原一郎弁護士は、昭和五七年(家)第一七三七号事件については相手方春子を代理し相手方夏子及び抗告人を相手方として扶養の審判を申立て、昭和五九年(家)第四二七号事件については相手方夏子を代理し相手方春子及び抗告人を相手方として扶養の審判を申立てた。右は双方代理であつて、違法である。抗告人は右双方代理の当事者ではないが、右双方代理により相手方春子が不当に利益を得る結果、抗告人に対しても不利な影響を与えたものと考えられる。したがつて、これを看過してなされた原審判は違法である。

2  抗告人と相手方夏子とは、昭和三〇年抗告人が結婚するに際し母フユ及び事件本人の扶養について協議し、母は抗告人が、事件本人は相手方夏子がそれぞれ扶養することを合意し、抗告人はこの合意に従い母を昭和三七年六月六日同人が死亡するまで扶養した。相手方春子は相手方夏子から前記の合意のことを聞いてこれを了承していたものである。したがつて、抗告人は事件本人を扶養する義務がない。

3  審判手続において過去の扶養料の求償請求ができるのは、請求時以後の分に限られるというべきである。したがつて、相手方春子から抗告人に対する扶養料の求償が認められるとしても、それは第一回審判期日である昭和五九年一月一二日以降の分に限られるべきであり、また、抗告人は相手方夏子の申立があつたことを原審判書が送達されるまで知らなかつたのであるから、相手方夏子から抗告人に対する扶養料の求償は認められるべきではない。しかるに、原審が相手方春子が本件扶養調停の申立をしたときから五年も遡つて相手方らの扶養料の求償請求を認容したのは、違法である。

4  抗告人に事件本人を扶養する義務があるとしても、各当事者が負担すべき費用の額を決定するに当たつては、抗告人が前記合意に従い母を扶養したこと、一時期事件本人の扶養料を相手方春子に送金していること、事件本人は昭和五七年七月六日以降国民年金(老齢年金)を受給していることなどを考慮すべきであるのに、原審がこれらの点を考慮せずに、抗告人に対し相手方らの負担額と均衡を失した高額な費用の負担を命じたのは違法である。

5  事件本人は、遅くとも昭和六五年三月以降は老人保健法に基づく医療給付を受けることができるから、それ以降は健康保険自己負担部分は不要となる。したがつて、抗告人が事件本人の健康保険自己負担部分の一部を負担しなければならないとしても、それは遅くとも昭和六五年二月までに限られるべきである。しかるに、原審は終期を付すことなく抗告人に対し将来の扶養料の負担を命じたものであつて、違法である。

二そこで、判断するに、まず、抗告人は、丙原一郎弁護士が双方代理をしているから、原審判の手続は違法である旨主張する(抗告理由1)。しかしながら、抗告人主張の双方代理関係が生ずるとしても、それは相手方春子と同夏子との間の扶養審判申立事件に関することであり、そのことは直ちに抗告人と相手方らとの間の扶養審判申立事件の審判手続を違法ならしめるものではないのみならず、本件記録によれば、右代理の点につき相手方相互間に異議はなく、更に本件の経過、結果からみても、抗告人に実質的不利益を与えた形跡は認められない(なお後記四参照)。抗告人の右主張は失当である。

三事実関係について当裁判所が認定したところは、次に付加するほか原審判理由2と同一であるから、これを引用する。

本件記録及び当審における相手方春子の審尋の結果によれば、次の事実が認められる。

1  抗告人は、昭和三〇年三月結婚して後その母フユに送金をし、また、昭和三三年二月ころから昭和三四年八月ころまで同居して面倒をみていたが、それ以降はフユは相手方春子、乙野次郎夫婦方に同居し、同夫婦がフユを昭和三七年六月同人が死亡するまで世話をしたものであり、抗告人はフユが乙野方に移つた後数か月毎月五〇〇〇円程度送金したにとどまつたこと。

2  相手方らは、昭和三六年七月から昭和五五年一月まで事件本人のため国民年金の掛金を半額ずつ負担して支払つており、その金額は、昭和五二年四月から昭和五三年三月までの分三万一二〇〇円(一か月当たり二六〇〇円)、同年四月から昭和五四年三月までの分三万七五六〇円、同年四月から昭和五五年一月までの分三万七〇〇〇円であること。

3  事件本人は昭和五七年七月から国民年金(老齢年金)の支払を受けており、その額は昭和五七年中二〇万三四六六円(七か月分、月平均約二万九〇六六円)、昭和五八年中三五万四五〇〇円、昭和五九年中三五万八四〇八円(月平均約二万九八六七円)、昭和六〇年中三六万八一四一円(月平均約三万〇六七八円)であること。

4  事件本人の医療費のうちの健康保険自己負担額は、昭和五九年の国民健康保険法の改正に伴い同年一〇月分から減額になり、月平均約三万八〇〇〇円となつているが、他方入院雑費の額は月平均約一万五〇〇〇円に増えていること。

5  相手方春子は、宇都宮市に居住し、一か月に一回程度手土産を持つて同市内の○○病院に在院する事件本人に面会に行き、必要な衣類等を整え、病院との関係を処理するなど世話を見てやつており、それらの費用は最近では平均すると一か月八〇〇〇円程度になること。

四以上認定の事実に基づき判断するに、事件本人は扶養を必要とするものであり、その実際の世話は今後も相手方春子が行うのが相当であるが、事件本人の医療費等の生活費用はその兄弟姉妹である各当事者が共同で負担すべきものと考えられる。

抗告人は、昭和三〇年ころ各当事者間で、抗告人が母を扶養する、事件本人の扶養義務を負わないという協議が整つているかのごとく主張し(抗告理由2)、原審における審問において抗告人はこれに沿う供述をし、その提出した陳述書にもその旨の記載がされているが、これらは書面等の裏付けがあるわけではなく、原審における相手方らの審問の結果等に照らしてにわかに信用することができず、他に右抗告人主張事実を認めるに足りる資料はない。

五当裁判所も、前記事件本人の生活費用については、相手方春子が本件調停の申立をした昭和五七年六月から五年前に遡つた昭和五二年六月以降の分について各当事者の費用の負担額を定め、相手方らが既に支出した事件本人の生活費用のうち抗告人が負担すべき部分について、相手方らから抗告人に対する求償を認め、将来の生活費用についても、相手方春子がすべて現実の支弁を担当することを前提として、抗告人に同様の給付を命ずるのが相当であると判断する。その理由は、次に付加するほか原審判理由3(1)(2)((2)の最後の三行を除く。)と同じであるから、これを引用する。

抗告人は、審判手続において扶養料の求償ができるのは、請求時以降の分に限られるべきである旨主張する(抗告理由3)。しかしながら、要扶養者の扶養料のうち本来他の扶養義務者が負担すべき額を現実に支出した扶養義務者は、その扶養料を負担すべき扶養義務者に対しこれを求償することができ、この求償請求に関し審判の申立があつた場合どの程度遡つて求償を認めるかは、家庭裁判所が関係当事者間の負担の衡平を図る見地から扶養の期間、程度、各当事者の出費額、資力等の事情を考慮して定めることができるものと解するのが相当であつて、抗告人の右主張は理由がない。なお、抗告人は、相手方夏子の申立を知らなかつたというが、家事審判手続では申立書等を送達する必要がないから手続上違法の問題を生じないうえ、記録によれば、抗告人は審判期日に第一回を除き出頭しなかつたことが認められ(第三回以降夏子の申立を併合)、更に事案の性質上及び本件調査の進行により、抗告人は夏子の意向を把握していたことがうかがわれるから、夏子との関係で問題はない。

六そこで、事件本人の扶養料として各当事者が負担すべき額いかんについて検討するに(抗告理由4)、相手方春子が事実上の保護義務者として事件本人の世話をしていること、相手方春子の夫次郎、相手方夏子、抗告人の各収入、それぞれの家庭の事情その他前記認定の諸般の事情をしんしやくし、かつ、事件本人の国民年金及びその掛金の点を合わせ検討すれば、事件本人の生活費用について各当事者に次のとおり負担させるのが相当である。

1  昭和五二年六月から事件本人が国民年金の支払を受けるようになる前の昭和五七年六月まで(六一か月)

(1)健康保険自己負担額各月分三万九〇〇〇円(相手方らの各支払額一万九五〇〇円)のうち三分の二に当たる二万六〇〇〇円を抗告人が、その余の一万三〇〇〇円を相手方夏子が分担する。(2)昭和五二年六月から昭和五五年一月までの国民年金掛金(後記事件本人の国民年金を差引く関係上、その掛金を費用と見るべきである。)合計一〇万〇五六〇円(相手方らの各支払額五万〇二八〇円)のうち三分の二に当たる六万七〇四〇円を抗告人が分担し、その余の三万三五二〇円を相手方らが各二分の一(一万六七六〇円)ずつ分担する。(3)その余の生活費用はすべて相手方春子が負担する。

したがつて、抗告人が右期間中の事件本人の扶養料として相手方春子に支払うべき金額は合計一二二万三〇二〇円(健康保険自己負担額の春子支出分一か月当たり一万九五〇〇円の六一か月分一一八万九五〇〇円と、国民年金掛金の春子支出分から同人負担額を差引いた三万三五二〇円との合計)、相手方夏子に支払うべき金額は合計四三万〇〇二〇円(健康保険自己負担額の夏子支出分から同人負担額を差引いた一か月当たり六五〇〇円の六一か月分三九万六五〇〇円と、国民年金掛金について春子の場合と同様に算出した三万三五二〇円との合計)となる。

2  事件本人が国民年金の支払を受けるようになつた昭和五七年七月以降事件本人の生活費用から国民年金の受領額を差引いた生活資金の不足額のうち三分の二を抗告人が、その余の各二分の一を相手方らが分担する。

ところで、前記認定の事実によれば、健康保険自己負担額及び雑費等を合わせた事件本人の一か月分の生活費用の額は、おおむね、昭和五七年七、八月は四万九〇〇〇円、同年九月から同年一二月までは五万五〇〇〇円、昭和五八年一月以降は六万一〇〇〇円と見ることができ、そのうち昭和五八年一二月までの分について相手方らはおおよそその各二分の一の金額を支出しているものと認めるのが相当である。そうすると、各当事者の分担額及び抗告人が相手方らに対し支払うべき金額は以下のとおりになる。

(1)  昭和五七年七、八月分(二か月)

生活費用の額 合計九万八〇〇〇円

年金額 合計五万八一三二円

不足額 三万九八六八円

抗告人の分担額 二万六五七八円

相手方らの分担額 各六六四五円

抗告人が相手方らに支払うべき金額 各一万三二八九円

(2)  昭和五七年九月から同年一二月まで分(四か月)

生活費用の額 合計二二万円

年金額 合計一一万六二六四円

不足額 一〇万三七三六円

抗告人の分担額 六万九一五七円

相手方らの分担額 各一万七二八九円

抗告人が相手方らに支払うべき金額 各三万四五七八円

(3)  昭和五八年一月から同年一二月までの分(一二か月)

生活費用の額 合計七三万二〇〇〇円

年金額 合計三五万四五〇〇円

不足額 三七万七五〇〇円

抗告人の分担額 二五万一六六六円

相手方らの分担額 各六万二九一七円

抗告人が相手方らに支払うべき金額 各一二万五八三三円

(4)  昭和五九年一月以降の各月分(一か月当たりの額)

生活費用の額 約六万一〇〇〇円

年金額 約三万円

不足額 約三万一〇〇〇円

抗告人の分担額 二万〇六六六円

相手方らの分担額 各五一六七円

抗告人が相手方春子に支払うべき金額 二万〇六六六円

七以上により、抗告人は昭和五二年六月から昭和五八年一二月までの扶養料分担額の償還として、相手方春子に対し一三九万七〇〇〇円(一〇〇〇円未満四捨五入、以下同じ)を、相手方夏子に対し六〇万四〇〇〇円を、また、昭和五九年一月以降扶養料の分担として相手方春子に対し毎月二万一〇〇〇円をそれぞれ月末に支払うべきものとする。

抗告人は、将来の扶養料の給付を命ずる部分について終期を付すべきである旨主張するが(抗告理由5)、前記認定のとおり近い将来事件本人の要扶養状態が解消する見込みはないのであつて、抗告人らの扶養義務がいつ消滅するかということは不確定であるといわなければならず、仮に事情の変化(老人医療給付を含む。)が生じれば各当事者は必要に応じその段階で家庭裁判所に審判の取消又は変更を求めることができるのであるから(民法第八八〇条)、本件の給付命令に終期を付すのは相当でない。したがつて、抗告人の右主張は理由がない。

八以上によれば、相手方らの本件申立は、前記六の金員の支払を求める限度で相当として認容すべきであるから、原審判のうち相手方春子に対する金員の支払を命じた部分に対する抗告は一部理由があり、原審判はこの部分において変更を免れないが、相手方夏子については、原審判の金額は前認定を下回るから抗告人の本件抗告は理由がない。なお、抗告人は、本件を浦和家庭裁判所に差し戻すよう求めているが、事案の内容と資料からみて、家事審判規則第一九条第二項に則り当裁判所において審判に代わる裁判をするのが相当であると認める。

よつて、原審判のうち相手方春子に対する金員の支払を命じた部分を右のとおり変更し、相手方夏子に対する本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官小堀 勇 裁判官山崎健二 裁判官青栁 馨)

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